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社長になることを決めた日

「いつか社長になろう!」

と思ったのっていつだったんだろう?

 

「あぁ、この瞬間だったのか」

と思いだしました。

 

ちょっと古い話です。

僕は大学受験時に1年浪人しました。

予備校生の12月には
推薦入試で進学先が決まったので、

空いた時間は
一人暮らしをするための
資金作りをしようと
生まれて初めてのアルバイトをしました。

土木作業員です。いわゆる土方です。

たった3か月間
お世話になっただけなのですが、
最後は送別会を開いて頂いたり
餞別まで頂きました。

たまたま同級生の家だったこともあり、
本当にお世話になりました。

 

職人さんばかりの職場で、
大学進学を目前に控えていた僕にとっては、
はじめは居心地が良い場所だった、
とは言い難かったです。

 

何も出来ない、
何も分からないでしたので、
何か言われたら
すぐに返事をすることと、
駆け足で行動することだけを
心がけていました

「一生懸命仕事に取り組む」

社会経験もアルバイト経験も
何も無かった僕に
唯一出来たことでした。

 

はじめは冷たかった職人さん達もやがて

「おぉ、あんちゃん、コンクリ練ってみるか?」

とか

「あんちゃん、ジュース飲むか?」

「あんちゃんところの親父さんは何やってるんだい」

と徐々に打ち解けることができました。

 

お昼休みに沢蟹をとったことは、
今でも良い思い出です。

小学生以来の久々の沢蟹取りをした僕は、
一体何のために取るのかわかりませんでした。

 

「沢蟹とってどうするのですか?」

 

と聞くと

「そりゃぁ おめー、
つまみにするに決まってるんべ~。

2~3日泥吐かせてから揚げて食うとうめんだよ」

 

と言われて納得したこともありました(笑)

 

他にも昼休みに
「自家製のどぶろく」をもらったり
(あれ?いいんだっけ??)

煙草もらったり(未成年でしたが・・・f^^;)

いろんなことがありました。

一生懸命仕事をすれば、
周りの方がちゃんと認めてくれる、
ということを教えて頂いた職場でした。

 

そんな職人さん達を束ねていたのが
社長でした。

社長は群馬でも、
かなり山奥の田舎生まれで中卒、
ボクサー上がり。

身体と腕だけで成り上がってきた社長でした。

親分肌で、面倒見がよく
周りの人たちから本当に慕われている方でした。

社長の口癖は

「俺ん所で働いたやつは、
みーんな出世するんだよ。
○○って居酒屋で店長やってる△△って奴も

■■って会社で部長やってる■■って奴も
みんな俺ん所で働いてたんだよ。

だから、武史君も将来偉くなるんだゼ!」

でした。

 

19歳になったばかりの頃、
生まれて初めて両親や先生以外の
大人と出会えた貴重な体験でした。

言動はがさつだけど、
人間味あふれる素敵な大人達でした。

「頑張った人は報われるんだよ」

ということ、
仕事に対する姿勢を
教えたもらった会社だったように思います。

 

この頃に、将来自分で会社を持つ、
自分の力で生きていくのってカッコいいな、
と思ったのを思い出しました。

「いつか独立して社長になったら挨拶にいこう!」

とずっと思っていました。

でも・・・

残念ながら、結局
その

「いつか」

は来ることはありませんでした・・・。

僕が独立する1年ほど前に、
社長は亡くなったそうです。

僕が今こうやって
独立して自分の会社を持てたことの
報告をすることもできていません。

そのことがずっと僕の心に引っかかっていました。

 

———————————–

先日、友人がプチ同窓会を
開いてくれたことがきっかけで、
社長の息子で同級生でもあるA君と
久々の再会ができました。

社長には報告できなかったけど、A君に、

 

「今、僕は自分で会社経営してるよ。

 社長やってるから。」

と報告することが出来ました。

懐かしい友人たちとの再会もたのしかったですが、
A君に今の僕を伝えられたことが、
最高にうれしかったです。

もっと大きな会社にしよう!
と思えた夜でした。

 

運営:株式会社エリアワン

代表取締役 今泉武史

 

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